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2007年10月号

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「新宿LOFT」を語るに欠かせない人物・・・
master+mind+R 第1弾!

KEITH(ARB) + 渡邉貢(PERSONZ) + 幸也(Kαin)

世代やジャンルを超えた対談がここに実現!!!
彼らが思う "音楽" "歴史" "生き方" とは?
また、このメンバーでの奇跡のユニット結成に至った経緯を聞いた。
(text:どうきょうみゆき)

音楽を介して分かり合える。それが "ロック"
幸也 確かこの3人が揃ったキッカケは、以前からKEITHさんと貢さんで何か一緒にやろうっていう話があったんですよね?
渡邉 そうそう、KEITHが新しいバンドに向けて今ボーカリストを募集したりしてるでしょ?
KEITH うん、今デモテープ聴いたりしてるね。
渡邉 その話はちょこちょこ聞いてたんだけど、KEITHが "この人とやりたい!" っていう人が出てくるのにはやっぱり時間がかかると思うんですよ。誰でもいいって訳じゃ勿論ないだろうし。またそんなに良い人はゴロゴロ転がっている訳でもないから、それは時間かかりますよね、っていう話はしてたんです。その為の準備はKEITHもしてるとは思うんだけど、ただ何となくずっと待ってたりするんじゃなくてたまには人前で演奏しようよ、っていう所からまず始まって。ちょうどその時に、たまたま幸也くんと僕が知人を介して知り合ったというか、幸也くんがPERSONZとかARBとかを若い頃すごい好きだったという話を聞いて、ちょっと会ったんだよね。それから何となく一緒に曲作ってみる? みたいな感じになって。それはKEITHとの話の前提もあって、ちょっとやってみましょうかっていう所で始まったんですよ。
幸也 そう。僕は完全にワンフーだから(笑)。もう何度もどちらのライブも普通にチケット買って見に行っているし、それぞれのバンドの事を例えば "読者にオススメのアルバムを紹介して下さい" って言われても、ペラペラしゃべれるぐらいだから(笑)。
一同 笑
幸也 最初に貢さんを紹介してもらった時に、やっぱり僕はボーカリストだから、例えば自分がベースをやっていたとしたらベースがどうでっていう話になったかも知れないけど、ソングライターとしても凄く影響も受けてるし、自分の曲を聴いてみてほしかったんですよ。それで紹介してもらった時に "こういう曲やってるんで聴いて下さい" って音源を渡して、ライブにも見に来て頂くことが出来て。そこからですね。
渡邉 そうそう。それで楽曲を聴いた時にもう何となく分かったんですよ。分かった分かったって(笑)。そういうのもあって、知り合ったのは勿論浅いんですけど、それ以上に音楽的な共通の認識みたいのがすぐに持てたんです、僕の方も。こういう事やっている人だったら一緒に何か出来るかな? っていうのが、時間を費やす必要なくパッとこういう曲だったらどうかな? っていうのがすぐに思い浮かんだんで、じゃあ一緒に新曲作るかっていう事になったんです。まぁ僕は曲しか書けないんで曲を作るから、幸也くんは詞書いてよっていう形でね。
KEITH だから俺は幸也くんのLOFTのライブを見に行って、その時に初めて会って。その後に俺のライブも見に来てくれて。
幸也 そう、KEITHさんとはその時のLOFTで初めてちゃんとお会いしました。でも俺が昔バイトしてたバーにお客さんで来られた事があって(笑)。バーテンとしてはKEITHさんに接した事はあったんですよ。
KEITH そのLOFTの時に話をして、あーいい人だなって思った。いい人が好きだから(笑)。それだけでもうOKだから。
渡邉 また組み合わせっていう所で考えると、僕とKEITHは何回かCOVERとかで一緒になったりしたことはあるけど、幸也くんが加わる事によって、いろんな意味で分からなくなる部分もあるじゃん。変というか(笑)。どういう繋がりがあるんだろう? ってきっといろんな人はそう思ったと思うけど、それがなんか気持ち良いんだよ。でもやってみちゃうと決して奇をてらった感じではないんだよね。
幸也 うん、僕はある意味思った通りの人だったという印象ですね。僕は人の作る曲ってその人の人間性が出ていると思っているから、その人の作った曲が好きという事は、その人が好きだという事だと思うんですよ。その思ってた通りの人でしたね。一緒にやろうってなった時はすごい嬉しかったですし、しかも作って聴かせてもらった曲も、自分がJILSとかで作っていた曲とは全然違うのに、歌うとすごい歌いやすいんですよ。気持ち良く歌えるんです。そんなに付き合いが長い訳ではないのにね。
渡邉 うん、今日だって会うの5、6回目ぐらいだよね。
KEITH うん、そうそう(笑)。
渡邉 でもなんかもう分かり合えちゃってる部分があるんだよ、音楽を介してね。
幸也 それが音楽の力なんだと思うし、僕も長い間貢さんの作る曲を聴いてきたから分かるというか、それは自分が好きな音楽を今までやってきて良かったな、と思う瞬間でもありますよね。KEITHさんがスネア一発叩いた時に、失礼なんですけど、ファンの時はもう、呼び捨てで "KEITH" って言ってる訳じゃないですか。だから "KEITHのスネアだ!" みたいな。"そのタイミングで入るよなー!" みたいな(笑)。
渡邉 はは、KEITHは特に癖があるからね。これだよ、この間だよっていうのがあるよね。
幸也 そう、"その間で自分が歌ってる!" って(笑)。マニアックな話になっちゃうんですけど、エイトビートだと思うんですよ。共通するのはエイトのビート感みたいな部分で、ARBのノリ=KEITHっていうドラマーのビートなんです。だから僕は貢さんが八分弾いた時に "渡邊貢だ!" って思うわけですよ。マニアックなんですよ、ちょっとフェチっぽいんですけどね(笑)。それがもうワクワクしますね。多分読者の人は何言ってるのか分からないと思うんですけど、すごいイイっすよ! 八分音符をボボボって弾かれただけで "カッコイイ!" ってなるんですよ(笑)。それは曲作ったり楽器が好きでやってる人じゃないと分からないかも知れない。僕はお2人に比べたら経験はないですけど、分かり合える所があるんだ、というのはすごい感じられて、それは自分が信じて努力して会得していったものが間違ってなかったんだ、って思いました。
渡邉 うん、そうだね。だからもう細かい指示とかは全然必要ないわけよ。こういう感じでやろうよってパッと音出して、もうある程度形になっちゃうからね。もうその世界になっちゃうというかさ。それがやっぱり "ロック" ですよ。譜面に書いて、そこはそうじゃなくてさ、とかじゃなくって。
KEITH もう音を出した事で、自然にメロディーから自分の何かが出るんだろうね。
渡邉 そう。1回音を出すごとに固まっていって。あ、これなんだ! って感じにすぐなる。それをいちいち説明する必要がないんですよね。
幸也 うん、それがすごく気持ち良かったんですよ。また今具体的にいつ何をっていう訳じゃないですけど、すごく良い曲も出来たので、機会があれば狙っていきたいっていうのもありますけどね(笑)。
渡邉 狙っていきたいですねー。別に間違って全然ヒットしちゃうそうな曲ですよね(笑)。
一同 笑

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みんな仲間という感覚。
渡邉 KEITHがARBでLOFTに出てた頃って、LOFTが出来てから間もないですよね?昨日たまたま "LOFT10周年" っていう写真集みたいのが出てきたんで見たんですよ。ARBもそこに出てましたけど、たかだか10周年ですよ、それでも。その時俺らもちょうど出始めた頃で、最後のページにちょっと載ってましたけど。
幸也 去年がLOFT30周年ですもんね。
渡邉 そうそう、だからあれからもう20年も経ってると。
KEITH まあね、俺が最初LOFTに遊びに行った頃は潜水艦があってね。それを壊した後だね、ARBが出たのは。まだその上にハシゴがあって、凌(ARB Vo.石橋凌)はよくその上乗ってたよ(笑)。
渡邉 あー、素っ裸のKEITHがそこにぶら下がってる写真とかも出てきてたっけ(笑)。
一同 爆笑
KEITH あれが無くなってからだもんね、ARBが出始めたのは。
渡邉 そのぐらいまでは良く知ってるんだけど、そこからはすぽっと抜け落ちちゃってて。その頃は毎日のようにLOFTに来てましたよね。別にライブがある訳でもなく、お酒をちょっと飲んで、朝までいろいろな事をして帰ってた。
幸也 もう完全にならず者じゃないですか(笑)。
渡邉 だってお金いらないもん、LOFTに来ると(笑)。
KEITH 払った事ないもんね(笑)。
渡邉 うん、この辺の人たち誰もお金払ってませんよ。
幸也 ひどい話ですね(笑)。
渡邉 "減らないボトル" っていって、行くと必ず満パンに入ってるボトルがあるんですよ。店員の方とかも一応ツケてるんだけど、最後に伝票ゴミ箱に捨ててたもん(笑)。
KEITH あの頃はライブ後に1本くれるんだよね?
渡邉 今は出てるんだっけ? 昔は "終わった後コレ飲んで下さい" って、お疲れ様用にボトルが1本毎日出てたんですよ。中身は何だか分からないけど、とりあえずそれをみんなで飲んでましたね。
幸也 今はボトルとかは出ないですね。でもシステムチックなんですけど、出演者にはドリンクチケットが渡されますね。
KEITH渡邉 あー! そうだね!
幸也 うちのメンバーなんかは、もう昼間っからそれで飲んでますけど(笑)。
KEITH 俺なんかの時は、焼酎の一升瓶置いてあったりしてたよ(笑)。昔はちゃんとしたグラスコップだったんだよ。それが、あまりにも割るもんだから紙コップになったんだよね。
渡邉 そうそう、危ないからって(笑)。
KEITH もう来るな! って何回出入り禁止になった事か(笑)。
幸也 でも関係ないんでしょ? 何回出入り禁止になっても(笑)。
KEITH うん、平気(笑)。
一同 爆笑
渡邉 昔はライブ終わって打ち上げの時にも楽器が設置してあったから、みんなそこでまたセッションしたりとか。ライブはある種打ち上げの為の前座だったんだよね。"ま、やっとこっか" みたいなノリで(笑)。ライブなんかたかだか1時間半くらいでしょ。その後は永遠ですよ。それがみんな楽しみでライブやってたというのもあるよね。幸也くんの世代とかになるとどうか分からないけど、僕らの間ぐらいの世代だと、お酒も飲まないし打ち上げもしないというバンドもいるらしくて、どうしてんの? って聞いたら、みんなでファミリーレストランでご飯食べて帰るとか。
幸也 そうですね。ちょうど僕ぐらいがその間なんじゃないですかね。だから僕ぐらいの世代でそういうのを好むタイプの人と、いつまでもライブハウスに残っていたいタイプの人とに分かれますもん。でも僕ら以下の世代になると、本当に貢さんが今おっしゃったようなのが主流らしいですよ、むしろ。
渡邉 それはダメですよねぇ。
KEITH 昔はライブが終わると、騒ぐ人は騒いだりしながら、LOFTの店員も一緒になって話をして、今日こういう所が悪かったとか、いろんな情報を教えてくれたりしてたから良かったんだと思う。今はバンドの方もただのハコとして利用してワンステップ上がったらもう寄りつかないような感じがあるでしょ?
幸也 今は割ともうレンタルホールのような感覚になってるんですよね。
KEITH  そうそう。
渡邉 LOFTもある種、これだけネームバリューがあって、そういうステイタスとしてLOFTに出られるっていう所で考えると、レンタルホールになっていっちゃうのもしょうがないけどね。お店の方針も当然あるだろうし、"はっきり言ってKEITHさんみたいな人が居られても困ります" ってね。それをさり気なくシステム化してたりね(笑)。
一同 爆笑
渡邉 まぁ、でもさっきKEITHも言ってたけど、昔は店員も途中から酒飲んでるわけよ。一緒になって、もっとあーやれよこーやれよっていう話を出来ていたのはすごく良かったんじゃないかな。もうみんな仲間という感覚で、次来た時に "この間より良かったよ" とか、"良い曲作ったじゃん" とかいう事をLOFTの店員に言ってもらったり。
幸也 そういう繋がりみたいなものが、今はすごく希薄になってますね。僕が自分でレーベルを興して、差し出がましいんですけど、若い子をもうちょっと面倒を見てあげようと思って。でも、そういう事を活動し始めていくと「そんな事も知らないのか?」っていうくらい何も知らなかったりするんですよ。僕らぐらいの世代までだと、怖いけど頼りになる先輩とかが居まして、いろんな事を学んだり、教えてもらったりした部分があるんですけど、今は全然そういうのがないので、本当に知らないんですよね。酷いとギターのチューニングが合ってない、とかそういう事もあるんですよ。
渡邉 これってチューニングしてからやるんですか? って感じ?
幸也 そうそう、そういうレベルのバンドとかいますね。そういうのは本当に良くないな、とは思いますよ。
渡邉 そうね。僕らもデビューしたての頃は、KEITHの紹介で事務所やいろんな人を紹介してもらったりしつつ、僕らが出演するライブには必ず来てくれるんですよ。
幸也 あー、なるほど。
渡邉 で、ドラムをヤメさせろとか(笑)。あいつはダメだ、こいつはイイとか、好き勝手な事言ってってくれて、一緒に飲んで、逆に先輩のライブを見に行ってっていう、そういうのがあって、良い関係を保っているというか。
KEITH 良い意味でのライバルだよね。先輩でも後輩でも勉強になっちゃうもんね。
渡邉 でも礼儀はちゃんとしないとね。やっぱり先輩は先輩だし。そういうのはしっかりしないといけない。

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ライブが終わってからみんなでセッションしたり、話したり。
そういうのが出来て「LOFT」

幸也 PERSONZが結成された頃っていうのは、雑誌とかで当時読んでたりしたんですけど、初期の頃ってよく新宿LOFTでライブをよくやってるじゃないですか。あれもキッカケはKEITHさんだったんですか?
渡邉 元々JILL(PERSONZ Vo.)とKEITHは知り合いだったんだけど、僕が入る前からJILLは本田毅(PERSONZ Gu.)と月1ぐらいでLOFTでライブをやってたのかな。
幸也 確か最初は "バンド" って感じで紹介されてなかったですよね?
渡邉 そう、ドラムとベースの人がプロだったんだよね。だからJILLのバンドはお手伝いって形で、他にお仕事をしていた方で、JILLにとっては先輩にあたった訳ですよ。JILLとしてはパーマネントなバンドとして活動出来る人を捜していたんです。で、何で俺が入ったかというと、その時AUTO-MODっていうバンドをやってたんですけど、もう解散が決まってて。LOFTでの打ち上げの席でジュネ(AUTO-MOD Vo.)がJILLに "こいつベースなかなかいいから使ってみて" って、俺のいない所で勝手に決めてて、なんかJILLからいきなり "次の練習この日に来てね" って言われてベース持って行ったみたいな(笑)。その後にKEITHが事務所を紹介してくれたりとか、いろいろ繋いでくれたりしてくれたんだけど。
KEITH 最初にPERSONZ手伝ったドラムっていうのが俺の後輩みたいな可愛がっていたヤツだったんだよ。
幸也 そうなんですか、なるほど。その頃からLOFTではよくライブを?
渡邉 LOFTは月1でやらせてもらってたね。
KEITH あの頃は別の場所にも出てたけど、俺たちとしてはLOFTがロックっぽくて良いわけよ。出演してる人もロックぽい人だっかりだったし。ある日、LOFTにみんな連れて挨拶しに行って話したら、気に入られてそれから出るようになった。それまではいろんな所に出てたね。
渡邉 昔はそんなにライブハウスの数があった訳じゃないんですよ。僕らみたいなロックが出れる場所って。その中でも一番自由だったんだよね、LOFTが。
KEITH そうそう。ハコも雰囲気が良かったし。
渡邉 西口の方で何するのもちょっと離れたのが良かったのかな。
KEITH 地下に降りて行く時がいいんだよね(笑)。
幸也 なるほど(笑)。僕らぐらいからの世代からだと、歴代のアーティストを見て憧れる訳じゃないですか。誰誰が出てたから俺も出たい! って気持ちになるじゃないですか。でもKEITHさん達の頃だとまだそこまでそういうのはないですよね。
KEITH そうね、だって一番最初にLOFTに出てたっていうのはそれこそニューミュージックだもんね。ポンタさんのバンドとか、それからたまにCHARとか。その後パンク系。
渡邉 そう、東京ロッカーズが出始めて。
KEITH それで遊びに行くと脅されるわけよ(笑)。"お前らシンコー(ミュージック)だろ?" とか言って。
幸也 シンコーはだめだったんですか?
KEITH やっぱりほら、メジャーだからね。それでどうのこうの文句言い合って、それからみんな仲良くなって。
渡邉 喧嘩!喧嘩してね。
幸也 あ、今、KEITHさん端折ったんですね、間を(笑)。
一同 爆笑
KEITH だから最初の頃のパンクの連中はほとんど知ってるぜ。しょっちゅう、ツルんで遊んでたしね。
幸也 そういうバンドが出るようになったのを僕らは雑誌で見たりとか、伝聞で聞いて、新宿LOFTという存在をだんだん知っていくようになるんですよね。魅力のあるバンドが集まっていくのを、KEITHさんはリアルタイムで作っていった世代なんだと思うんですよ。バンドブームみたいのもあって。
渡邉 うん、それのベーシックみたいなものはあったよね、きっとね。
KEITH それこそ他のライブハウスではただライブをやるだけだったけど、LOFTは終わってからみんなでセッションしたり、話したり、そういうのが出来て "LOFT" だったんだよね。
渡邉 毎日誰かしら知ってる人がやってたような。
KEITH そう必ず誰かいるの。だから他でライブやっても、じゃあ今からLOFT行こう、ってなる。
幸也 それがまさにARBで言うと「LOFT23時」で歌われてる世界なんですか?
KEITH そうそう!

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エネルギーが有り余ってた
渡邉 でもみんな別に歴史の中にいるっていう意識はなかったはずですよね。今、時が経過していく中でそうなってきたけど。要するにお金無くても飲めるし、行けば誰か必ず居るし、ライブやってもいいしっていうね。
KEITH だからエネルギーが余ってたんだろうね。ライブやった後も、もう毎日が面白くて面白くて。
幸也 夜もセッションしたりしている訳ですもんね。
KEITH セッションやっても何やってもOKだからさー(笑)。
渡邉 ホントに、ここから先は言えない、っていう事も何度もあるし。あの楽屋の中で一体何が行われていたのかっていうのを、早送りカメラか何で見てみたいよ(笑)。
幸也 今はやっぱりシステムチックになっちゃいましたからね。ライブ終わったら終わりっていう、ハコとアーティストの付き合いっていうのも希薄になってきたりとかしてますから。まぁ時代とかもあると思うんですけど。
KEITH そうだね、だからレコード会社もそうなってきたでしょ。俺たちの頃はレコード会社の人も一緒に飲んでて、このバンドを育てよう、っていうのがあったもんね。今は売れなきゃだからね。
渡邉 うん、昔はみんな付き合ってたね。
KEITH プロデューサーも一緒に来てお酒飲んで、一緒に騒いで言い争いして喧嘩して(笑)。
渡邉 喧嘩の輪の中に居たりして "おいやめろよ" みたいな(笑)。でもKEITHが言ったように、ほんとエネルギーがとにかく有り余ってて、やり場が無かった。
幸也 それは大きな意味で言ったら、日本人そのものがそうなってるのかも知れませんよね。今はグローバル的に見ても日本人ってかつてのパワーがないじゃないですか。
渡邉 結局今思えば、BOΦWYが売れたっていうのはすごく大きくて。それ以前なんだよね、俺らは。要するに社会的には認められてないのよ。だからそういうエネルギーがその場にあったのよ。でもBOΦWYが売れちゃった後は、みんな "ロックって売れるんだ、ビジネスになるんだ" って思い始める人が出てきて、どんどん分散してっちゃう、コアにあったものが薄まってっちゃう。
KEITH 悪い所だけ残ってね。商売だけを考えて。売れる事は良い事じゃん。自分が本当に好きな事やってたらね。
幸也 ロックを聴いてくれる人が増えるって事自体も嫌な事じゃないですしね。
KEITH 自分がやってる事をみんなが認めて聴いてくれるから売れる訳じゃん? っていう事だよ。だからパンクでもそうだと思う。パンクが何で日本で流行ったかというと、それだけ日本ならず世界中で売れたからでしょ。だたレコード会社に、売れる為にあーやれこーやれって言われて、人形になって嫌な事までして売れるのが良い事とは思わないけどね。自分がやりたい事やって売れるっていうのが俺はすごい良い事だと思う。その為にいいろいろ努力するしさ、それがプロだと思うんだよ。よく "俺達売れない方がいい" とかさ "ロックだから売れない方がいい" とかいる人いるじゃん。あれ可笑しいと思うんだよね。
渡邉 昔は結構そういう人いましたよね。"俺らロックだから売れちゃロックじゃない" みたいな事いう人もいたんだよ。それは裏を返せば "ロックって売れないよね?" っていうのがあるっていうね。売れる事はいけないんじゃないんだけど、それがもう売れるようになっちゃったから、みんな間違った伝わり方をして、スピリチュアルな部分っていうのがどんどん薄まっていっちゃって、とりあえず頭立てればロック、パンクっていうような感じになった。
KEITH それでさ、媒体に出ているのが半分以上そういうバンドなんだよ。
渡邉 そういうふうになっちゃたんだよね、バンドブームっていう所で。
幸也 売る側も根を下ろしてないんでしょうしね。これが流行ってるからこれを売る、次はコレが流行ってるからコレをっていう感じにね。
KEITH そう、二番煎じとか三番煎じとかやらせてね。本人達もその気になってさ、自分の立場を忘れて。
渡邉 それで何年かして "辞めました" っていうね。"今何やってんの?" って聞くと "スナック経営" って、そういうのもちょっとどうなの? って思うよね。基本は音楽じゃないですか。音楽があってロックのスピリットがあって、そこから先の話なのに、その先の話からみんな入ってっちゃうから、何にもないんだよ、そこにはね。

ロックという生き様

幸也 僕は音楽をやっていく上での心情として、普通にラーメン屋やカレー屋のおやじが、自分の店をやっているように音楽をやりたいってっていうのがすごいありまして、さっきKEITHさんがおっしゃったように、長年自分が好きな事をやってて売れるのがいいって言ったのは、まさに例えばラーメン屋で言うと、自分が良いと思っている味で、お客さんに認められたという事じゃないですか。
KEITH そうそう。
幸也 そういう意味で頑固なおやじがやってるラーメン屋とか、そういう感じで音楽をやりたいんですよね。ドカンと売れる事はいいと思うんですけど、売れる事が大事なんじゃなくて売れた後どう続けてるかだと思うんですよね。僕らとかでも3年ぐらい人気がすごい出たんですけど、3年経ったらコンビニでバイトしてますみたいなヤツが居たりして。3年って言ったら、高校のクラブ活動じゃないんだからよーみたいな。長くやる為には、当然だけど良い時も苦しい時もあるだろうし、でも好きじゃなかったら良くない時は続けられないと思いますし。
渡邉 うん。日本人ってさ、結構卒業する美学みたいなものを変に持ってるでしょ?なんかこう "潔く辞める" とかさ。俺、暴走族とかも死ぬまでやってほしいんですよ、卒業せずに。本当にやりたいんだったらね。"自分は卒業して大人になる" とか "結婚して丸くなった" じゃなくて、自分が好きなもの、信念を持ってやりたいと思っている事は、一生続けていくべきだと思うし。
KEITH だからロックって生き様だと思うね。ラーメン屋でも俺たちみたいにミュージシャンでも一緒だと思うんだよ。そこで自分のどの味を出していくかだよね。
幸也 分類とかジャンルっていう意味ではなくて、生き方としてのロック、ロックな生き方っていう事ですよね。産業としてロックを捉えている人と、スピリットとしてロックを捉えてる人とではその認識が違うと思うんですよ。
渡邉 今すごくごちゃごちゃになってて分からないんだけど、本当は綺麗に線が引けると思う。いわゆる産業としての部分と、もう誰が何て言ってもやる! っていう人たちと。だからどうっていう事でも勿論ないんだけど、その辺が見えづらくなってきてる。エンターテインメントとして面白ければそれでいいという考え方も勿論あるけど、俺は最終的に、胸の中にロックをやってるっていう事に対してのプライドとかを持っている人が残っていくんだろうなという風には思うけどね。
KEITH でもやっぱり続けなきゃ分からないと思う。
幸也 それはKEITHさんが言うと、すごく重みがありますよ。
KEITH うん、続けていかなきゃね。
幸也 丁度僕も昨日スタッフと話をしてたんですけど、どうやるかよりも、やっぱり続けたいんだよ、っていう話をしてたんですよね。続けていく為にはいろんな変化があったり、波も勿論あるとは思うんですけど、とにかく続けたいっていう。それはどうしてかというと、良い夢を見れるからこの仕事をしたいという訳ではなくて、好きでそういうふうに生きていきたくてやってるから続けたいなって。
渡邉 そうだね、だからそういう意味ではKEITHみたいな人がちゃんとお手本が居てくれないと下の世代も "なんだ、やっぱりロックじゃダメなんだ" って思っちゃうと思うのね。欧米なんかに比べると日本のロックはまだ歴史が浅い訳だから、KEITHみたいな人がずっとロックな存在で居てくれる事で、俺は日本のロックの歴史っていうのもちょっとずつでも作られていくんだと思うんだよね。また何十年後かに振り返った時に "あーあの時ああいう風にみんなやってたよね、それでちゃんとこういう風になってるんだ" っていう風になっていくんだと思うんですよ。
KEITH この前ストラングラーズが来たんだけど、ドラムのジェット・ブラックが来年で70歳なのよ。それでも頑張ってるんだよね。でもやっぱり体がどこか悪いからさ、今回は屋内だから来たけど、野外はきついとか、世界中回るのはきついとか、やっぱり途中で倒れたりするんだって。でも向こうって信頼関係があるんだよね。ジョークで毎回 "いつステージで死ぬか掛けてるよ"なんて言うんだって。でも日本ってそうなったらすぐクビとかにするじゃん。日本はだいたい年寄りバンドをバカにしたりとかするけど、向こうの人はそんな事ないからねぇ。
幸也 うんうん、向こうはリスペクトする気持ちがちゃんとありますもんね。例え知り合いじゃなくても、恩恵を必ず受けていると思うんですよ。今は僕らの世代もそれを感じ初めていて、ちょっと前っていうのは40、50歳になると日本の一般家庭の人はあんまりロックを聴かなくなるっていうのがあったと思うんですよね。でもやっと今40、50歳の人でもライブハウスに来ても恥ずかしくないっていう空気が日本にも出来てきて、それが貢さんがおっしゃってた日本にもロックの歴史が徐々に出来てきてるっていう事だと思うんですよね。それがどうしてそうなったかっていうと、歴史を先導して引っ張ってきた世代のバンドや、それを継承してきたバンドがいたからであって、多分若い頃は感じないんだと思うんですよ。20代になって、30代になって、まだ自分がやれてるってなった時に、年齢的に上の方でまだバリバリロックやってる方もいるし、お客さんでも30、40歳になってもやっぱりロックが好きだっていう人も増えてきたというのを今僕らがちょうど実感出来てる世代です。そういうのもまだ日本では浸透してないというか、先駆者が居るから知らない間に築き上げられてきた歴史から恩恵を受けているっていうのも、僕なんかが言うもの偉そうなんですけど、もっとみんなちゃんと感じてほしいなっていうのはすごくあるんですよね。
KEITH 若い頃ストーンズを見にいった時、最初にビョーンって音が鳴った時は感激して涙ボロボロで最後まで何が何だか分からなかったもんね。あーこの人たちの音楽聴いて俺はバンド始めたんだってさ。
渡邉 分かりますよ、その気持ちは。
幸也 そういうのがずっと気持ちとして残ってないとダメなんでしょうね。どういう気持ちで最初にステージ立ったとか。そういう意味ではさっきKEITHさんがおっしゃってましたけど、今のバンドだと、ある程度キャパが大きくなってくると付き合いがなくなっていったり、変わっていくじゃないですか。それで環境も変わって、きっとお金も入ったら生活も変わって、人も変わっちゃうんでしょうね。環境が大きくなったりする事はそんなに悪い事ではないと思うし、規模が大きくなるのは仕方ないと思うんですよ。でもそこで人も変わっちゃうんだと思うんですよね。周りが変化していくのは時代もあるからしょうがないとは思うんですけど、人が変わっちゃうとマズイな、とはいろいろ思いますね。そういうのに流される人と、かろうじて芯が残っている人と違うんだろうな、とはすごく感じました。
渡邉 でもこうやって世代的にはちょっとずつ違うけど、幸也くんみたいにいわゆるロックの保守本流の所をきちんと受け継いでくれてる人がいるって嬉しい事だよね。これをちゃんと次の世代にも幸也くんが…。
幸也 だから煙たがられてますよ(笑)。
一同 笑
幸也 僕より下の世代からは多分 "うるせーなー" って思われてるんでしょうけどね(笑)。
渡邉 いやいや、ステージで何をやる、どういう作品を作るかっていう所でも若い世代にも示していって欲しいなというか。"もう俺はこれだけやってきてるからこうなんだ" っていうんじゃなくてさ、常にものを創る人間である訳だから、そこを下の世代にも伝えていってほしいな。
KEITH だって実際にやってるだからさ。やってないで言うんだったらどうかと思うけどね。ま、やってないで言う人もいるけど(笑)。
幸也 そうですよね、体現してないと説得力がないという事ですよね。

ライブとは?
渡邉 今考えれば昔は月1でLOFTでライブしてたぐらいだから、もう少し気楽にライブをやりたいなっていうのも最近あるんだよね。
幸也 僕もすごい思いますね。緊張感が無いとか楽したいとかいう意味じゃなくて、普通にライブがしたいんですよ。自分の人生の中でライブをすることが日常でありたいと思っています。
渡邉 僕らが今やっているような「○月○日コンサート!」っていうのもいいんだけど、なんかライフワーク的に普通にライブがやりたい。
KEITH バンド始めた時みたいな高揚感でね。
渡邉 そういう意味で "明日どうですか?" っていうのでもいいんだよ、"明日やんない?" って言われてみたい(笑)。
一同 笑
渡邉 "あ、いいよ" って言えたらいいな、っていう。
幸也 ノーと言わない男でありたいですよね(笑)。
渡邉 うん、ベースさえ持っていけばいいんでしょ? っていう感じで、機材がどうのこうのっていう訳ではなく。
KEITH バンドってそうだと思うんだよね。変な話だけど、リハーサルってそんなに好きじゃないの。同じ曲何回もやるのってなんか緊張感無くなってさ。
幸也 あー、僕もそうですね。
KEITH それまでに曲作って覚えていけばいい訳じゃん。ツアー中とか何度もリハーサルして、そこでああだのこうだの。間違えたのは本人が一番よく知ってるもん。それは影で練習すればいい事でさ。曲を覚えるまでのリハーサルは何度もやっている訳で、覚えなきゃ話にならないんだから、それはちゃんとやってる訳じゃん?ストラングラーズで回った時なんか楽だったもん。3曲ぐらいで終わりだよ(笑)。
渡邉 とりあえず音は出たぞって(笑)。
幸也 電池は入ってるぞって(笑)。
KEITH キーボード聞こえるぞって(笑)。で、後はスタッフの人にやってもらって、はい! 終わり! 飲みにいこう! って(笑)。リハってそういうもんだと思うんだよね。向こうの人達ってみんなそうみたいね。その代わりスタッフも完璧でさ。だってスタッフがメンバーより上手いとこなんていっぱいあるって言ってたもん(笑)。ショーはショーとしてそれ用にそういうステージを作ればいいわけで、だから俺はライブハウス好きなのよ。目の前で "生" でさ。
幸也 うん、まさに "ライブ" であるっていう事ですよね。
KEITH 俺、一回やってみたいのは、裸電球でライブ。後ろはただアンプ置いているだけでさ、そこでどれだけ見せられるかっていうね。
一同 (納得)

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自分の中でのチャレンジ
渡邉 現実的にはちょっと難しいのかも知れないけど、誰のプロデュースの日か分からないけど、シチュエーションとか、誰が出るとか書かずで、やれたらいいんだけどね。ただ来ると必ず楽しくて、っていうのが口コミで広がっていくとか。
幸也 それ目指してるんですけどね、俺(笑)。誰が出るか分かりませんっていうの頑張ってやってるんですよ。
渡邉 そっかそっか。この日は面白いから幸也は嫌いだけど行こう、みたいなね(笑)。でもそうなるといいんだけどね。
幸也 誰がっていうのじゃなくて、ハコに行けばなんかカッコイイのやってるぜ、っていうのを作りたいですよね。
KEITH だからそうなる為にはネームバリューを上げないといけないのよ。
幸也 ああ、そうですよね、現実問題としてね。
KEITH そういう事が出来るっていう事は売れるっていう事よ。あ、じゃ行こう! ってなるのにはさ、みんなが知ってるって事よ。
渡邉 そこが売れちゃうとまた "この機材が" とか "メモリが" とかね。気楽に出てよって言って、あーいいよって言える人が、僕らぐらいになると大丈夫なんだけど、ちょっと若いクラスって、"プロダクションが" とか "マネージャー通して下さい" とか、その人間はいいよって言っても、そうなっちゃうともうつまんないじゃん。また、ある種昔はLOFTが好きっていう人もいたもんね。"あいつまた居るよ" っていう必ずLOFTに居た人が。
KEITH 終わってからもずっと一緒に遊んでいる人もいたもんね。そこからボウヤになったりとかさ。
渡邉 そうそう、"アンプ運ばせてくださいー" って言って運んでたヤツが、いつの間にかスタッフになってたり。
幸也 でも、本来そうであるべきなんですよね。好きなヤツが集まってきて、自分の好きな事を見つけるっていうのが。
渡邉 そうそう、ビジネスライクになっちゃうとそういうヤツもさ、入れないじゃん。ライブ終わってもフラフラしてたんだよみんな。機材見たり、どんなの使ってんだろうとかさ。そういうの昔は自然にOKで、みんな一緒に飲んでたりしたもんね。ミュージシャンもファンも、どっからどこまで線引きされてるのか分からずに。昔は整理されてなかったんだよ。勿論KEITHがLOFT出てた頃も、プロダクションに所属してたし、社長もスタッフもいたんだけど、KEITHに近寄らないで下さいっていう人はいなかった。そういうの今は難しいもんねぇ。まぁ線引きっていうのも、学習してるわけよ。学習して今が良くも悪くもあるわけだろうけど。
幸也 俺やってますよ。ライブ終わった後に一般のお客さん集めて飲み会やってます(笑)。弾き語りでやったりもします。
渡邉 へぇ! それは混乱なく順調に?
幸也 そうですね、だんだんお客さんも分かってきますんで。まぁしつこくやらないと分からないかなっていうのはありますけど。
KEITH 昔のお客さんって邪魔しなかったもんね、そういう面で。遊んでても、別に他の人に言うわけでもない。裸になろうが何しようが、その場で収まってた。今のお客さんって何か後で言われそうだもんね(笑)。
渡邉 とりあえずこう(携帯電話で写真を撮る素振り)やられちゃうもんね(笑)。"KEITHさん、今全裸です" って、みんなに。
幸也 アーティストもカリスマ性のある人が減った気もするんですよね。身近でも説得力のあるステージをしていればいいと思うんですけど、そうじゃない人も増えちゃったんで、ごちゃごちゃになっちゃう。でもそこはもうアーティストの芯の問題だと思うんで、なんとかうまくやれるようになりたいな、とは思いますけどね。
渡邉 そういうのもチャレンジャーだよね。お客さんと一緒に飲み会しちゃうっていうのも。
幸也 そうですね。それで近所の気のいいお兄さんみたいになっちゃうのか、そこでも自分のアーティスト性を見せられるのかっていうのは、自分の中でのチャレンジでもあるんですよ、
KEITH そうだよね。一番難しい所でもあるよね。ストラングラーズもそういうとこあるもんね、ああいう風に見えても楽屋に平気で入って話してさ。この前もジャン・ジャック・バーネル一人だけ残って、生ギターで演奏して、サイン会やって、トークやって。そういう所はあるのよ、向こうのミュージシャンでもさ。
渡邉 やっぱり強いですよね、芯があるっていうか。別に表面的なものはどうでもよくて、何でもこいって感じで。
KEITH そうそう。でも若い時は出来なかったかも分からないけどね。今はもう余裕だもんね、そういう面ではね。
幸也 誰かに踊らされている訳じゃなく、自分で積み上げてきたものは、もう崩れないからっていうのはあるんでしょうね。そういうのは自分も築いていきたいってってすごい思ってますけどね。

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新宿LOFTとしての義務
幸也 長い歴史の変化をハコ側からの視点で見ている人がいたら、どうだったのかいろいろ聞いてみたいですよね。LOFTっていうハコはずっとあったと思うけど、人は常に変わっていると思うから。
渡邉 小林シゲ(現LOFT社長)なんか毎日酒飲んでたんですよ。
KEITH ステージにも上がってたしね(笑)。
渡邉 あの頃はまだバイト頭だったような感じだったのかなぁ。確か僕と歳が一緒なんですけど、次第に仲良くなって。まさかあいつが社長になるなんて全く思ってなかった。
KEITH ワルやってから根性あったんじゃない?(笑)
幸也 そーだったんですか!?(笑)
KEITH やっぱり社長も良い時代を分かっているからここまで続いたんじゃないかな。その頃はミュージシャンとお互い接点を持って話しが出来た良い時代だったから。だから今でもやってられるんじゃないかな。
幸也 逆に責任を求める訳じゃないですけど、新宿LOFTっていうハコにはそいういうことを継続してやっていくべき義務って言ったら大げさかもしれないですけど、あると思うんですよね。勿論ビジネスだからキープしなくちゃいけない部分っていうのはあると思うんですけど、もうちょっとクロスオーバーできる機会をハコ側からも発信出来ないのかなぁ、っていうのは俺からの要望としてありますね。僕らから見ても新宿LOFTの歴史を彩ってきたバンドと、これから新宿LOFTっていうハコを担うであろうというバンドを、LOFT側のセッティングで対バンさせたりとか出来ると思うんですけどね。
渡邉 多分シゲとかは分かってると思うんだよね。今のままLOFTっていう名前だけで、まぁどこまでビジネスライクでやってるかは分からないけど、"レンタルホール" って事になると、本当の意味でのロックとしての小屋が低迷していって、そのうち "あーLOFTっていうハコもあったね" っていう風になっちゃう危険性があると思う。だから今言ったような企画は面白いよね。お互いのバンド同士が仮に知らないとしても、LOFTっていう小屋が仲介して、今でもやってる素晴らしいバンドと新しいバンドとジョイントさせるとかね。
KEITH まぁ、今でもLOFTのプロデュースでいろんなイベントやってるよ。それを企画化して例えば3世代でやるとかしていったら面白いと思うんだよ。
幸也 言い方悪いですけど、ビジネスに転嫁しなくちゃならないっていうのも勿論あると思うんで、だとしたら、新宿LOFTは新宿LOFTとしての歴史をもっと全面に売り出すべきだと思うんですよね。他のハコと差別化するっていう意味でも。一時バンドブームだった頃に、僕は出た事ないですけど、仮設型のライブハウスというか、いかにもデジタルって感じの、儲かる時だけ作って、採算合わなくなったら潰すみたいな。それがまさに今貢さんが言った "そういうハコもあったね" という感じですよね。多分、"綺麗なハコだな〜" とかいう感想はあったとしても、ハコに対する愛情や思い入れなんて今振り返ってみてもないと思うんですよね。お金さえ払えば借りれるみたいな。そこは出来ればそうなりながらも、僕は引き戻したいタイプですね。
渡邉 それにはマジでシゲに現場に戻ってもらうことかな(笑)。この歴史の中では欠かせない人間だと思う。

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人生は1回きり。楽しい人生を。

KEITH 俺は悠さん(平野悠・ロフト創設者)に対してはすごい迷惑掛けたなぁ(笑)。
渡邉 ホントKEITHのLOFTでの伝説はスゴイっすよね。
KEITH 悠さんいつも菓子折持って謝りに行ってたし。夜中あっちこっちから苦情がね。植木鉢かっぱらってきたり。
一同 爆笑
渡邉 でも楽しかったなぁ。
幸也 振り返ってそう思える人生でありたいっていうのはすごくあるんですよ。だから、嫌な事はしたくないっていう訳じゃないですけど、ただやっぱり面白く生きていきたいっていうのが一番なんですよね。僕からすると、こうやってKEITHさんや貢さんとお話出来るようになったり、一緒に演奏したり出来たのも、すごい自分の中でのサプライズなんですよ。そういうのを積み重ねて自分は生きていきたいんです。それを自分が頑張って後輩にも伝えていけたらいいな、とはすごい思ってますけどね。
KEITH やっぱり人生は一回よりないからさ。俺言われたのよ、悠さんに。ARB解散してから顔出しに行ったら、"今まで出来ない事もあったろうし、人生は一回よりないんだから、お前次からは好きなようにやった方がいいよ" って。それでいろいろ悩んで、自分のこれからを決めて。それはもう楽しく。"楽に" じゃなくて "楽しく" ね。
幸也 "楽をする" っていう意味じゃなく "楽しく" ですよね。気持ちがファンであるっていう事ですよね。
渡邉 KEITHのこれからの生き方が僕たちに微妙に影響を与えてくれるよ。
幸也 ずっとロックでいてほしいですよね。
KEITH だからそういう面では、記録って言ったらおかしいけど、作りたいよね。こんな歳まで叩けたって。
幸也 いやぁ、もうその人生最後の瞬間までロックであってほしいですね。
KEITH そういう人今までいなかったから。そういうバンドを作って、そういう人生を送りたいよね。



■KEITH最新情報
<LIVE>
10/08(月) 高知 うるとらろっくばーJS ※ゲスト出演
<Groovin' LIVE ※全てイベント>
10/25(木) 新宿スモーキン・ブギ
11/01(木) 名古屋58月
11/02(金) 岐阜・郡上八幡 クラブレイラ
11/03(土) 滋賀・近江八幡 イエローキャメル
11/05(月) 広島 SHELTER69
11/06(火) 岡山 クレイジーママ セカンドルーム
11/07(水) 三重・松坂 MAXA

■PERSONZ最新情報
<LIVE ※全てワンマン>
10/26(金) 四谷区民ホール
12/28(金) 神戸WYNTER LAND
12/29(土) 名古屋E.L.L.
01/14(月) SHIBUYA-AX
<HP>
http://www.personz.net/

■Kαin(カイン)最新情報
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※ex.JILS(ジルス)の幸也-YUKIYA-を中心として2007年7月に結成された新バンド。
2007年2月、前作シングルがオリコンインディーズチャート1位という好セールスを記録しながら、突然JILSの解体を発表した幸也は、2007年5月のJILSラストライブ直後から準備を開始。2007年7月7日に正式に新バンドとしてKαin(カイン)の結成が発表された。すでに7月28日&29日には公式HPのみの告知で新宿ロフトに計1000人以上を動員しデモンストレーションライブを成功させている。11月7日には早くもフルアルバムの発売が予定されており、さらに11月11日にはラフォーレミュージアム六本木にて公式初ライブにして初ワンマンライブである、 「光と影 -Primal Moon Rising-」公演が行なわれる。

<LIVE>
10/17(水)新宿LOFT
11/11(日)ラフォーレミュージアム六本木 ※ワンマン
<RELEASE>
11/07(水)1st Full Album『paradiselost』
A-TYPE、B-TYPE、2種類同時発売!
<メンバープロフィール>
・幸也-YUKIYA-(ex.JILS/ex.D≒SIRE)...Voices
1993年に「D≒DIRE」(デザイア)のボーカリストとして活動開始。1995年にはインディーズながら1stアルバムを3万枚以上売り上げ話題となる。1996年に自主レーベル「クライス」を設立しプロデュースワークも開始する。1997年に東芝EMIと契約し上京。1998年からは吉本興業とも契約し外部アーティストのプロデュースワークも開始。「Dir en grey」などを手がける。1998年末に「D≒DIRE」解散。1999年より「JILS」(ジルス)として活動開始。セルフマネージメント、セルフプロデュースで「赤坂BLITZ 2DAYS」など2000人規模の会場でのワンマンライブを何度も成功させるが、2007年5月に突然の解散。
・SHIGE(ENDLESS/ex.D≒SIRE)...Guitars
1996年に「BLUE」のボーカリスト&メインコンポーザーとして「クライス」レーベルよりインディーズデビュー。(「BLUE」は後にVAPよりメジャーデビュー。)1997年には「D≒DIRE」にギタリストとして参加。1999年には「ENDLESS」のボーカル&ギターとしてSONYよりメジャーデビュー。その後プロのカメラマンなどとしても活動し、数年のブランクの後、2006年11月渋谷AXでの「クライス」10周年記念公演より音楽活動を再開。
・ICHIRO(ex.JILS/ex.DAS:VASSER)...Bass & etc...
1998年大阪のインディーズバンド「DAS:VASSER」のギタリスト&メインコンポーザーとして活動開始。2001年「JILS」にベーシストとして参加。2005年からは「JILS」と並行して「ROOM#NUMBER」としてソロ活動も開始。2007年「Kαin」結成後はベースだけでなく、ステージ上でギター、キーボード、テルミンetc...も操る。
・ATSUSHI(IBIZA/ex.WAIL)...Drums
2000年に大阪のインディーズバンド「WAIL」のドラマー&メインコンポーザーとして活動開始。積極的に外部のプロデュースワークも手がけ、近年では「KISAKI PROJECT」などの作品にも参加。他にレコーディングスタジオでのエンジニアとしての活動も並行して行なう。2006年の「WAIL」解散後は自らのプロデュースワークを実践するユニット「IBIZA」としても活動している。
・AKIHITO FUJIWARA(ex.NANA)...Manipulator
某大手有名企業でのマニピュレータ、プログラマーとしての活動を経た後、2005年に大阪のインディーズバンド「ナナ」に参加。2006年7月に「ナナ」が解散した後は「JILS」のレコーディングなどにも参加していた。
<HP>
http://www.kranze.net
※2007年10月17日(水) HPにて1st Demo Single「FLAW」期間限定無料ダウンロード開始!
posted by master+mind | TrackBack(0) | ・web Real Relate

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